オーラの泉、2007.01.31
ゲスト…京本政樹さん
京本政樹さんのオーラの色…ブルー(冷静)、紫(情愛)、グリーン(平和)
京本政樹さんの守護霊…忍者、行者
京本政樹さんの前世…十字軍の美剣士。イギリスや中国にいたこともある。とにかく前世がたくさんある。
今回のオーラの泉の感想
丹波哲郎さんが、突然霊界から登場されたのが、面白かったです。
美輪さんの男性も父性だけでなく、母性も必要という内容の言葉になるほどと思いました。
京本政樹さんと大川橋蔵さんが、ツインソウルだったという話も衝撃的でした。今世で、ツインソウルに巡りあえる人は、極めて稀れなことらしいですよね。
今回のくわしい内容は下記の通りです。
国分「今日のゲストは、美形の俳優さんです。ゲストの方からのメッセージです。丹波哲郎さんに可愛がってもらったため、死後やスピリチュアルなことに興味がありますとのことです」
美輪「本当にいくつになっても美しい方よね。もう千年か二千年生きてらっしゃる(笑)」
1959.1.21 大阪生まれ
ミュージシャンを目指して上京
スピリチュアルチェック
性格を一言で言うと…神経質だけれど、図太い
好きな言葉は?…宮本武蔵の「我ことにおいて後悔せず」
苦手な物は…虫すべて
「美しい」という言葉で連想するものは…美剣士、時代劇の様式美
転機は?…十代の頃、大川橋蔵さんに出会ったこと
霊感…ないと思います。でも、亡くなった父親のことで、んっ?と思うことはあります。
京本「太一くんとは共演したことありますけど、この場所は、違いますね。天国っていうか。空気が違います。太一くんは、すごく普通ですけど」
国分「この二人が違うんですよね。リラックスしてますか?」
京本「リラックスしようと思って、太一くんの方ばかり見てます(笑)」
国分「美輪さんとは、はじめましてですね?」
京本「はい、実際にお会いするのは初めてです。まだ美輪さんが、丸山さんだった頃…」
美輪「私がお嫁に行く前の頃ね(笑)」
京本「『ヨイトマケの唄』がテレビで流れててるのを見て、衝撃的でした。もっと見たいという気持ちになりました。すごく綺麗な人だと思ったし、歌自体にインパクトがありました」
美輪「多感な少年でいらしたのね」
京本「(美輪さんは)今は、貴婦人になられましたね。海外の方みたい」
美輪「(前世の)フランスのロワール時代を感じとったのでは?あなたと同じように」
国分「来ましたね。フライングはやめてくださいよ。江原さんとも初めてですね?」
京本「関西の番組で五年前にVTRでカウンセリングしてもらったんです。そのとき、大川橋蔵さんとのつながりを話してくださったので、会って聞いてみたかったんです」
国分「転機は、大川橋蔵さんとの出会いだったそうですね?」
京本「京都の撮影所に友人の森田健作くんを訪ねたとき、偶然にお会いしたんです。そのとき、僕のことを『森田くんより、彼の方がいいね』って言ってくださって。橋蔵先生が推薦してくれたわけではないんですけど、『銭型平次』に出ることになって。出た瞬間から、橋蔵先生がメイクや所作事を教えてくださったんです。橋蔵先生が直々に教えてくださるので、周りの方も驚いていました。ミュージシャン志望だったのに、何でこんなに教えてくださるんだろうと思いました。三ヶ月後に、舞台に出てました。それがきっかけで時代劇をやりたいなと思うようになったんです」
美輪「東映じゃなかったのよね?」
京本「はい。『銭型平次』に出て三年間経ったとき、深作欣司監督と角川春樹さん制作の『里見八犬伝』(1983年)に出ることになって。橋蔵先生が『銭型平次』は卒業しなさい。私がコーディネイトするからって言ってくださって。『里見八犬伝』が封切られて、それがきっかけで、朝日と松竹が制作している『必殺』(1972〜1992)に出ることになったんです。それから、橋蔵先生は、ご病気で日赤病院に横たわられて……僕が『必殺』に出ることになったという話をしたら、どんな役?と聞かれて『中条さんの後釜になりました』と答えたんです。橋蔵先生は『しけ(遅れ毛)を垂らすんだ。東映で俺がしけを垂らしたのは、28歳のときだったから、お前はまだ23歳だから俺より出世が早いな〜』って仰ってくださって……それが僕が聞いた橋蔵先生の最後の言葉でした。だから、先生には僕が『必殺』に出たのも見ていただけなかったんです」
江原「大川先生は、あの世からご覧になっていましたよ。京本さんと大川先生は魂の故郷が一緒で、ツインソウルだったんです。次世代に夢を託すという気持ちもあっただろうし、プロデュースする側で楽しむというのもあったんでしょう。ところで、大川先生から絵をもらいましたか?」
京本「絵というか、町人眉、武士のときはこうだというのを橋蔵先生が描いてくださったのをもらいました」
江原「その絵はもう必要ないって。それは卒業して、自分のオリジナルをつくるようにって仰ってます。大川先生は、芝居の道具なんかについても、本当に細かくアドバイスしてくださったでしょう?」
京本「はい」
江原「それから、大川先生は霊感があったんじゃないですか?唐突にドキッとするようなことを仰いませんでしたか?心の中を見抜いてらっしゃったんです」
京本「お話されるとき、タイミングが良かったですね。僕が舞台を断ったとき、『舞台の話聞いてくれた?』って仰って、自信ないですと僕が答えたら、やるんだから!と言われて、何も言えずについていったんです。センス、感性を見抜かれてました」
美輪「お幸せね」
京本「橋蔵先生がいなかったら、今の僕はいないです」
美輪「男同士。しかもどちらも美形。商売敵が増えるんだから、普通自分より上に行くように引き立てる人はいないわよ」
国分「ところで、丹波哲郎さんにも可愛がっていただいたそうですね?」
京本「ここ10年偶然が多かったんです。(国分くんに向かって)あっ、必然ですよね?新幹線に乗ると、丹波先生に何度も会うんです。チョコ食べないかと言われて、トイレに行こうと席を立ったところだったんですけど、一度も自分の席に戻らないで、チョコ食べながら立ったまま京都まで行っちゃいました」
国分「丹波さんが亡くなられた後、この番組で丹波さんの話をしたら、丹波さんの事務所の方からおしゃれなメールが届いたので、そのまま紹介させていただきます。『丹波哲郎の霊界からの出演についてですが、忙しいけれど、オーラの泉なら出演OKです。とのことです』」
江原「来た!来た!そんなこと言うから丹波さん来ちゃいましたよ!丹波さんが、太一くんに、ここどけって言ってます」
国分「ここは、やっとみつけたんだから!」
江原「本当は俺がここに座るはずだったって。霊界を定着させたかったって」
美輪「この番組は、否定する側じゃなくて、そういう世界があるという前提でやってますからね。俺は前からこんな番組やってたんだ。それをこれは真似たんだって仰ってます。深夜にそういう番組をやってらしたけれど、うまくいかなかったのよね。今日は可愛がっていた京本さんが、出たからいたしたのね」
国分「では、丹波さんいますけど、静かにしていただいて…」
江原「大阪の自宅にはお帰りになっていますか?お父様が実はカギを出すんですよ。カギを京本さんに渡していない」
京本「もう、大阪に自宅はないんですよ」
江原「つまり、家を存続させたいという思いですね」
京本「父は、45歳で他界して…僕は最初はレコード会社に入ることになっていて、父の運転する車の横に乗っていたときに、『お母さんは反対しているけど、俺はお前は時代劇は似合うんだろうと思うよ。芸能界は親の死に目に会えないから成功するまでは帰るな』って言われて。半年後に仕事がうまくいかなくて帰ったら、うちに入れてもらえなくて、母は中に入れてくれたけれど、父は顔も出さなくて、結局自分の部屋にも入れずに、居間に布団敷いて一晩だけ泊まって東京に戻ったんですけど、成功するまで帰れないと思いました。家を建てたばっかりだったんですけど」
江原「大成したから帰ってきていいってことですね」
京本「父親の話なんですけど、怖くてあまり思い切り会話した記憶がないんです」
美輪「無口な方だったのね。昔の父親ってそういう方多いわよね。男は黙って…とか、不言実行っていう時代だったのよね。現代の男の人はよくしゃべるけど、昔はよくしゃべる男の人がいると、男の癖にしゃべりやがってって言われてたのよ」
京本「たまにしゃべるときは、僕にとって嬉しいことを言ってくれるような人でした」
江原「(お父様が)碁盤から将棋磐の前に座っているのが見えます。京本さんと差し向かうのが望みだったようですね」
京本「僕が成人する前に亡くなったので、一緒にお酒飲まずに亡くなったんです」
江原「昔よくいたお父さんですね。カギ出しているけれど、メッセージは言わない。京本さんに会いたかったんですね。着流しで座ってらっしゃる。京本さんには怖かったかも知れないけれど、親は我慢するものなんです。助けたいと思っても言わない」
美輪「『可愛い子には旅をさせろ』っていうことよね」
京本「よく丁稚奉公だって言われていました。それから、お前がお母さんのお腹にいる時、飛行機で東京に行って、大川橋蔵さんに会ったってよく自慢していました」
江原「大川さんと出会ったのは、お父さんのコーディネイトでもあるんですね。京本さんに対する熱い思いがある」
美輪「京本さんが戻ったとき、本当は会いたかったの。可愛いからこそ旅をさせろって思ったのね。自分たちが死んだ後でも、戦っていけるように」
江原「話は変わるんですけど、京本さんはいろいろコレクションしてらっしゃいますが、ブリキの玩具持ってませんか?車なんだけど、バスかトラック。黄色い物で古い物」
京本「はい、ありますね」
江原「これを見ると、男の子が見えるんです。これは、子供さんが持っていた物。亡くなった子の玩具です。日本の子じゃない。手に入れたのはいつ?」
京本「ここ7、8年から10年位前です」
江原「どうしても風邪をひきやすくて気管支に来るでしょう?」
京本「はい、なりますね。ここ10年位ですね」
江原「この子が風邪をこじらせて亡くなったからです。この子は自分が死んだという自覚がないから、その影響を受け易いんです。悪気がないから、その子に言い聞かせたら、風邪をひかなくなる。京本さんのオーラの色は、ブルー(冷静)もあるけれど、紫(情愛)が強い。」グリーン(平和)もある。優しい。気持ちが入り込みすぎちゃう。可哀想だけど、浄化してねと言ってあげるといいんです」
京本「入り込みすぎると反省することが多いです」
美輪「おばあさんがいらっしゃるけど、どなた?」
京本「思い当たる節がある。父の母か……小さい頃から一緒に住んでいた親戚筋の方で僕を育ててくれたおばあちゃんだと思います」
美輪「その親戚筋のおばあちゃんね。あなたのことが、可愛くて心配で、目に入れても痛くないほど可愛がっていたの。どんなことがあっても守り抜いてみせるって。赤ちゃんのときから育てたのに、思い出してくれないって」
京本「忘れていました」
美輪「いじけモードに入っちゃってる。思い出してあげることが一番。後、感謝すること」
江原「『必殺』とかなさったけど、演じている感じしましたか?」
京本「『必殺』に入ると思い込んでいた時期がありました」
江原「言うのをやめようかと思ったんだけど、実は後ろについている方の一人に忍者がいるんです。武道家です」
美輪「スパイ、今で言う諜報部員ね」
京本「実は、『必殺』で演じた『組紐屋の竜』というのは抜け忍なんです。(組紐は伊賀の里で使われていた)僕の出演のバックボーンは忍者が多いんです」
江原「後ろにいる方は、他には行者さんがいます。普通の人がいない。特殊な世界の……。だから霊能は強い」
京本「直感で感じたことがいろんなところで結びついたり、夢で見た人に出会うこととかあります。『必殺』見て、絶対俺がやると思いました」
江原「霊能あるんですよ。前世は、いろいろたくさんあります。スイスの国旗が見えます。十字軍の。美剣士。ヨーロッパです。戦いの時代が続いた。武芸系だったんです。剣の歴史が続いて来た。だから、そろそろ今生の半分から剣士から文科系にいくのが、始まります。イギリス、中国にもいたことがあります。何度もいろいろな所に生まれ変わっています。生まれ変わるときに、一回に二人に分かれて魂が降りることがあるんです。そういうこともあったようです。経験と感動を積むことに真摯な魂なんです。戦いに終止符を打つ時です。お子さんを持ったときに流れが変わったでしょう?」
美輪「この子を守っていこうという母性の目覚めというか。男性は父性だけじゃない。戦いでなく調和で乗り越えて行こう。戦いでなく平和の時代が始まる。これからやる段階に初めていらした」
江原「最後に丹波さんなんですが、せっかく古くなったのに、死んでまた新人になったって言ってます」
京本「今度は僕が、新幹線でチョコ渡しますよ(笑)」
江原「謙虚さは大事ですよ」
国分「京本さん、今日はいかがでしたか?」
京本「元々この番組には興味あって、本当に来てよかったです。おばあちゃんの存在を本当に忘れていました」
国分「今日は、丹波さんのギャラ大変ですよね(笑)」
京本「えっ、ギャラが発生するんですか?(笑)」
僕がここにいるということは、丹波さんあそこに座ってますよね。(笑)」